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日本の城 城グル!

盛岡城(5)~いよいよハイライト、二ノ丸から本丸へ~

(今回のルート)二ノ丸から本丸を通り、本丸下の腰曲輪をめぐる二ノ丸東壁には野面積みで積まれているが「孕み」が進行しているため、崩壊を押さえるために「はばき石垣」が取り付けられている。車御門そばには、盛岡出身の詩人、石川啄木の「不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸われし 十五の心」(十五歳のとき,不来方のお城(=盛岡城)の草に寝ころんで,(空を見ていると) 心まで空に吸われてしまったようだ。)の歌碑が...

盛岡城(4)~やっぱすごい!石垣に圧倒される二ノ丸下、腰曲輪から三の丸へ~

(今回のルート)二ノ丸下の西側の道を通って三ノ丸へ<二ノ丸下部、腰曲輪>この吹上坂の坂上にはかつては吹上御門、坂下には、坂下御門がたっており、2段構えの態勢で二ノ丸へ続く道を守っていた。ちなみに、坂下御門の外側にはかぎ型の橋が架かっており、対岸の御菜園と行き来ができたそうだ。ちなみに、現在はスロープ状になっているがこれは明治期の公園整備に際して作ったもので、当時はもっと急な階段であり、石垣の積み方...

盛岡城(3)~まるで熊本城?淡路丸の石垣の美!~

<淡路丸>この石垣の上には1階建ての平櫓である小櫓があったとされている。このあたりの石垣は荒く加工された石を積み上げる技法である打込接で作られている。この石垣下の帯曲輪には残念石がある。残念石は、採石場(盛岡城は建っている場所が花崗岩でできているので城自体が採石場)で石垣などの石材として一度は切り出されたが、結果的に使われず放置された石のこと。石垣になれなかった残念な石という負のイメージがつきまとう...

盛岡城(2)~城内一美しい石垣!?を通って三ノ丸、城下探検~

烏帽子岩の裏側は窪地状の広場になっていて石垣に囲まれているこの広場は御台所があった場所とされる広場の西側には車御門がある。この門は三ノ丸と二ノ丸をつなぐ重要な門となっている。車御門の東側は美しい石垣が続いている。算木積みの隅が美しい。後ろを振り向くと、木が生えている岩盤を見ることができる。このように、城の各所で石垣にも使われた花崗岩の岩盤を見ることができる。先ほどの石垣を御台所から見た。なお、この...

盛岡城(1)~歴史感じる城下を通って三ノ丸へ~

                        <盛岡城>(岩手県盛岡市)盛岡城は北上川と中津川の合流地点に位置した丘陵地を利用して築かれた城で、盛岡南部氏20万石の城だった。三戸から不来方(こずかた)に居城の移転を決定した南部信直(盛岡藩初代藩主)が,1597年(慶長2年)に嫡子利直(:2代藩主)を総奉行として築城を始めたと伝えられる。慶長年間には総石垣の城としてほぼ完成、利直は地名を「盛り上がり栄える岡」と...