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      滝山城

滝山城(1)~大手口から千畳敷へ~

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二ノ丸南東部の堀

滝山城は八王子市にある関東の雄、北条氏のお城。もともとは武蔵国守護代の大石定重が築城し、大石氏が北条氏の傘下に入ってからは北条氏によって上杉氏への対抗のために関東最大規模の山城に発展した。東には川越街道、北側の渡河地点の「平の渡し」から北に行けば川越城、南に行けば小田原城へと連絡し、多摩川と川越街道を抑える重要な拠点だった。1569年には武田信玄の侵攻にあい二の丸まで攻め寄せられた。その後氏照は甲斐を重視して八王子城を築城をし、1587年ごろまでに移っていった。
<大手口から千畳敷へ>
滝山観光駐車場

滝山城を訪れるときは滝山街道沿いに新しくできた滝山観光駐車場に車を止めて行くのがおすすめ。8時から18時(11月~2月は16時まで)駐車できるうえに、大手口までは徒歩1分!駐車場の奥には城の縄張り図もあり、ここでパンフレットを入手できる。滝山城縄張り図
滝山城、滝山城周辺の城が載った滝山3城のパンフレットがもらえる。また、滝山城ではスマホにアプリをダウンロードし、城内の看板にあるQRコードをかざすことで戦国期の滝山城の姿のCGをARで見ることができるそうだ。駐車場の脇に大手口へと続く道があるのだが、そこでは八王子市の歴史マップと滝山公園のパンフレットが置かれている。
今回は、大手口→三の丸→千畳敷→二ノ丸→本丸→小宮曲輪→山の神曲輪の順で巡っていく。

(大手口~天野坂)
大手枡形虎口
天野坂の堀底道を進んでいくと直角に2度折れ曲がる大手の枡形虎口につきあたる。この枡形は坂道の途中にあるため、敵の勢いを効率よくそげそうだ。枡形の上には神社があり、そこから枡形を眺めると構造がよくわかる!
小宮曲輪の堀
枡形を抜けると左手には空堀で囲まれ、高い切岸(人工的に作った崖)に囲まれた小宮曲輪が現れる。登城路よりも10メートルくらい高い位置に曲輪はあり、侵入した敵は左右からの攻撃を受けることになる。小宮曲輪と三ノ丸の間にはかつて大手門としての枡形虎口があったが現在は舗装されており存在しない。
<三ノ丸>
三ノ丸の堀
進んでいくと三ノ丸方面と山の神曲輪方面への分岐がある。この分岐の右手には三ノ丸があり、巨大な空堀を見ることができる。
三ノ丸東側の堀
三ノ丸の東側にも大規模な切岸、空堀があり、この城で一番といっていいかもしれない。なお、この付近の空堀はロープが張られていて、堀底におりることはできない。
<知恵が詰め込まれたコの字型土橋!>
コの字型土橋

コの字型土橋説明板
三ノ丸から千畳敷への道にはコの字型の土橋がある。狭い土橋はが4回も折れ曲がっているため敵の勢いはそがれ、側面攻撃にあうだろう。実に見事な横矢の構造だ。千畳敷側から見たコの字型土橋
千畳敷側から見ると、土橋の堀に囲まれた姿、クランクの形状がよくわかる。

<とっても広い!千畳敷>
千畳敷周辺の堀底道
コの字型土橋を超えると堀底道へと出る。この滝山城、堀底道が非常に多い。左側の高まりは千畳敷だ。

千畳敷
千畳敷は現在、ベンチなどが置かれた広場となっている。非常時の際はここに兵が集ったのだろう。

弁天池方面
千畳敷の東からは弁天池を望むことができる。当時は湧水をためた池があり、農場のための灌漑池として使えわれていたそうだ。また、池の中心には中之島の跡が発見されている(土が盛り上がっている)。また、この写真のちょうど下側の池のほとりでは枡形が発見されており、舟遊びの船などを止めておいた場所だったとも考えられている。らちなみに、池から千畳敷までの間には3段の腰曲輪がある。

二ノ丸角馬出
千畳敷の東側には、二ノ丸の角馬出が食い込むように配置されている。二ノ丸の出入り口を小さな曲輪で守っているようなものである。二ノ丸の3か所の出入り口にはそれぞれ馬出が設けられている。北条氏の城の特徴として角馬出が多用されていることがあげられる。

滝山城(2)~厳重な守り!二ノ丸~


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